ひよこ鑑定士は、雄雌を瞬時に識別する特殊な熟練を有している。その技能は単なる経験則や直観に基づくが、従来は言語化困難な匠の技として捉えられてきた。一方、ディープラーニングは膨大なデータから特徴を抽出し、類似の判定を可能にする。徳認識論(認識主体者が持つ認識的徳(認識能力)の作動の結果として獲得された真なる信念が知識であるという立場)の観点から見れば、ひよこ鑑定士の知識は認識主体が徳を通じて正しく得た知的成果であり、高度に訓練された認識的美徳の結晶ともいえる。ディープラーニングはその過程をアルゴリズム的に模倣し、機械が人間と同様の認識的美徳を獲得できるかを問い直す契機となる。こうした比較は、知識がどのような徳的基盤に支えられるか、そして人工知能がその徳を再現可能かを問う試みである。徳認識論の視点から『このディープラーニングによるものだから知識である』という時代が来るのだろうか。